宇奈月温泉の公共施設で開かれた地熱発電の勉強会。参加者は熱心に聴き入っていた
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 富山県黒部市、北アルプスを控える宇奈月温泉は、開湯90年を迎えた温泉地だ。夏には名物のトロッコ電車が走り、豊富な湯量を誇る温泉も人気で、多くの観光客でにぎわう。雪に包まれ、ひっそりとした雰囲気の2月の休日、国際会館の会議室には約50人が詰めかけ、地熱発電についての勉強会が開かれていた。

 昭和の半ば、黒部ダム開発で活況を呈していた温泉も、景気低迷などにより徐々に観光客が減少。1990年には58万人だった宿泊客も現在は30万人を下回っている。地域を再生しようと地元で建設会社を経営する大橋聡司さんらは、アルプスで電気自動車の町として知られるスイス・ツェルマットを模して、小水力や地熱を使った発電と、電気駆動(EV)バスによる公共交通を導入して、先進的なエコリゾートとしてブランド化し、エネルギーの地産地消を目指したプロジェクト「でんき宇奈月プロジェクト」をスタートさせた。

◇ゆっくり走るEVバスが交流の場に

宇奈月温泉を走るEVバス。観光客と住民の交流の場にもなっている=大高建設提供
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EVバスの車内。座席は地元企業が製作した木製のベンチだ
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 プロジェクトは2010年4月から、1人乗りの電気自動車と電動アシスト付き自転車の貸し出しを開始、初年度は770台、13年には1070台の実績を残した。2012年8月には、科学技術振興機構が開発したEVバスの実証実験が始まった。「EMU(エミュー)」と名付けられたバスは、時速19キロのゆっくりした速度で、駅や旅館・ホテル、温泉街の主要な場所を回る。トロッコをイメージしたデザインで、座席は地元企業が提供した木製のベンチだ。観光客だけでなく、お年寄りなどの地元住民の足としても利用されている。大橋さんは「利用者へのアンケートでは『音が静かなので、車内で話ができる』と好評で、地元の人と観光客が交流でき、おいしいお店を教えてあげたり、観光スポットを紹介したり、とても喜ばれています」とうれしそうだ。

h2 class="sectionTitle">◇規制との戦いも
小川に設置された小水力発電機=大高建設提供
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 だが、常に順風というわけではなかった。小水力発電では、幅1メートルほどの小川でも、1級河川の黒部川に流れ込んでいるため、発電施設の設置には規制が多く、大橋さんらが懸命に交渉して、なんとか3カ月の実証実験の許可を得た。大橋さんは「本物の発電所を建設するのと同じような書類を用意しなければならず、本当に大変だった」と振り返る。

 潮目が変わったのが2011年3月の東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で、再生可能エネルギーが見直されるようになってからだ。規制がかなり見直され、売電も奨励された。特に地熱発電でネックになっていた国立公園法の改正は大きな追い風になり、地熱の開発が現実味を帯びてきたという。

◇“現代のコモンズ”が核に

 勉強会では、地熱発電の先進地・アイスランドの視察報告が行われ、温泉の源泉を発電だけではなく、ハウス栽培や住宅などへの暖房や融雪にも利用するカスケード(流水階段)式の熱利用の事例が紹介された。さらに、宇奈月の現地調査や北海道に次いで国内2番目の熱量を持つ地熱資源の可能性も報告され、参加者の期待も高まった。

 プロジェクトの発足にかかわった富山国際大学の上坂博亨教授は「大橋さんのような地元のリーダーを中心に、私たち学識経験者、行政、地域の団体がうまく連携して、『現代のコモンズ』とも言える形を作れている。我々“よそ者”がどんどん意見を言える雰囲気で、地元の方たちが主体となって事業を進めていく。これが宇奈月の成功の理由だ」と指摘する。大橋さんも「お願いしたのではなく、資源があって活用していきたい人が自然と集まってきて、『この指止まれ』という感じで輪が広がった。メンバーが同じベクトルなので、ゴールに向かう力が強い」と話す。

 一方で「まだ地元が主体に成りきれていない」と大橋さんは課題を挙げ、「まちづくりで重要なのは『よそ者』『わか者』『ばか者』だと言いますが、地域の若者にもっと参加してほしい。こうした勉強会を開くなど地道な努力で『気づき』の場を増やし、合意形成を進めていきたい」と語る。大橋さんの会社には、地熱発電を希望した若者が就職してくるなど、少しずつ新しい芽は出てきているようだ。

◇世界に誇れる地域資源

「宇奈月を世界に誇るエコ温泉リゾートにしたい」と語る大橋聡司さん
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 地熱の勉強会は、宇奈月の課題だけでなく、石油や石炭、天然ガスなど輸入資源に頼った日本のエネルギー状況の課題や貿易収支など国全体の経済問題にまで話題は広がっていった。大橋さんは「宇奈月の地域資源は世界に誇れるもの。宇奈月を、日本だけでなく、世界に誇れる『エコ温泉リゾート』にしたい。それがきっかけとなって、地方が輝けるような日本になってほしい」と力を込めた。

 大橋さんは「地熱には、東京などの大都会から出資などの話もあるが、地元でやらなければ、結局地域の資源による富が流出してしまう。そうした意味でもエネルギーの地産地消は大事だ。結果的に、送出ロスも少なく、より効率的なエネルギー利用にもつながっていく」と話す。北アルプスの麓の小さな温泉街・宇奈月で広がる大橋さんたちの熱い思いが世界へ広がるか、期待したい。

文=猪狩淳一
写真=大類洋輔