間伐により日光が差し込むようになった信託林
写真特集

 岐阜県南部に位置する御嵩町は、中山道の古い宿場町で、里山に囲まれた人口約2万人の自然豊かな町だ。同町では、地域資源を生かした低炭素コミュニティーの実現を目指しており、その大きな柱の一つが、島根県雲南市に次いで全国2例目となる信託方式による森林経営で、持続可能な森づくりを進めていくことだ。

◇間伐材の活用がきっかけ

 同町には約800ヘクタールの町有林があり、約50年前に積極的に植林され、現在出荷可能な木が多く育っている。町では、木を育てるために国の補助金を活用して間伐を続けてきたが、安い輸入木材の流入で木材価格の低迷が続き、間伐材は捨てていた。ところが国の方針が変わり、木材自給率の向上を目指して、間伐材の活用が補助金交付の条件となった。だが、補助金によって業者に委託した場合、伐採まではできるが、活用のための搬出のコストがまかなえない。そこで森林経営信託の導入が検討された。

 森林経営信託とは、同町と、地元で林業を営む可茂森林組合が信託契約を締結し、町が所有している森林の所有権を移転し、経営を全面的に任せるというものだ。伐採、搬出など間伐にかかる費用の7割は補助金で負担するが、残りの3割を木材の販売でまかない、余剰金が出れば積み立てていく。町は、所有権移転の手続きを行い、組合は伐採のための作業道の整備から、伐採、搬出、出荷までを行う。契約期間は10年で、毎年収支報告がされ、10年後には管理された森林が返還される。

可茂森林組合による間伐作業=御嵩町提供
写真特集

◇プロだからできること

 2011年に町有林約200ヘクタールを信託する契約が結ばれ、12年度から事業が始まった。折しも東日本大震災による木材需要の増加で、価格が上昇したことから、当初計画の270立方メートルの約3倍となる897立方メートルの木材を出荷、約1000万円の売り上げとなり、100万円以上の積立金を計上した。13年度は、さらに消費税増税に向けた駆け込み需要が重なったため、当初計画の570立方メートルを大幅に上回る約1300立方メートルを2014年1月までに出荷している。同町農林課林務係(現・森づくり係)の可児政司係長はまさにこの点が信託制度の成果だと強調する。「行政は単年度の予算なので、委託事業であれば、当初計画通りでしか出荷できない。信託で民間の森林経営のプロにやってもらうので、市場の動きに即座に対応できる」という。

◇若い担い手も誕生

森林信託の可能性について笑顔で語る御嵩町の可児政司・林務係長(左)と可茂森林組合の河方智之・総務課長補佐
写真特集

 一方、可茂森林組合は、御嵩町を含む2市5町の2万ヘクタールの森林のうち約2000ヘクタールを管理している。民有林は所有者が細かく分かれていることが多く、間伐ではそれぞれの同意と立ち会いが必要で、受託する森林も場所や所有者がバラバラで事業の効率がなかなか上がらないのが悩みだった。今回の森林信託では、まとまった広さの森林を所有権ごと託されたので、作業もやりやすくなり、市場に即した判断も自主的にできるようになったという。同組合の河方智之・総務課長補佐は「信託によって事業規模も安定して確保でき、作業もしやすいので、若い人が経験を積む場にもなる。おかげで地元の農業高校から新人が来ることが決まりました」と手応えを実感している。

◇町ぐるみで森づくり

間伐せずに残す印が付けられた木
写真特集

 順風満帆に見える森林信託だが、課題も残る。一つは木材価格の変動だ。河方さんは「補助金をいただいて信託されているので絶対赤字は出せない」といい、「現在は増税前の駆け込み需要があるが、その反動が心配」と話す。もう一つは事業の監視と町民の理解だ。可児さんは「高く売れるいい木ばかりを伐採しているのではないか、という声もある。あくまでも間伐なので、良い木はきちんと残しているのだが……」という。そこで、組合と連携して、真っすぐ伸びて将来柱材として有望な木をきちんと選び、その木に印を付けて残すことを明らかにして、町民の理解を得る努力をしている。

地域の森林ボランティア「水土里隊」の拠点
写真特集

 町民の理解を進める一環として、12年夏から町内の小中学校の新任教諭に林業体験の研修を実施している。また、2004年から、地域の森林ボランティア「水土里(みどり)隊」を発足。間伐材を利用した家具作りや炭焼き、子供たちとともにシイタケの菌打ち、放置されたアカマツ林を手入れしてマツタケ山の再生を目指すなど森林への理解を進める活動を広げている。さらに、森林の恩恵を受けているアサヒビール、岐阜造園などの民間企業の社員が社会貢献活動として森林整備に取り組む「企業の森づくり」などCO2吸収源となる森林整備の輪は広がっている。

◇防災にも貢献

森林信託によって手入れされた信託林
写真特集

 森林信託の活用による森林整備の果実はさらなる波及効果を生んでいる。同町では2010年、11年に豪雨や台風による土砂災害が発生し、大きな被害が出た。被害拡大の要因の一つに、山が荒れたことによる保水力の低下が指摘されている。適正な間伐をすることで一本一本の木の根が深くなり、保水力が高まる。さらに、間伐されて日が差し込むようになったところに植林して、年数を経た木と若い木の「複層林」を形成することで、さらに安定した森となるという。既に一部ではそうした複層林が実現。町の防災にも貢献しているのだ。

 可児さんは手入れされ、搬出のための林道も整備された森をうれしそうに指さして、「手入れされた森林になれば、その後の伐採や搬出のコストも安くなり、どんどん効率がよくなる。信託によってこうして山の価値を高めてもらって、10年後に返ってくる。例があまりない事業なので、御嵩町を参考にしてもらい、全国に広げてもらえれば」と話す。岐阜の小さな町から始まった森づくりのイノベーションは、大きな広がりをみせていくのだろう。

文=猪狩淳一
写真=中山和弘